インディアンマーケットが終わり、ブログを書き始めたからこそ感じる変化というものが大きかった気がする今回。
世界がどんどん変化していく中、インディアンジュエリー界も本当に目まぐるしく変化しているなというのを痛感しました。
インディアンジュエリーってファッション?
インディアンジュエリーがこんなに世界に広まった背景には、1970年代からアメリカで大手のファッション会社が着目し、ジュエリーを世界に知らしめたという背景があります。
雑誌では作品とともに当時有名だった、(今ではレジェンドとなっているような)作家が取り上げられ、彼らの作品が多く掲載されていました。
その当時は名前すら知られていなかったダンナでも「いくら作っても売れた」というぐらいに、全米からバイヤーが訪れジュエリーを買いあさっていたそうです。今現存しているお店やトレーディングポストはその頃出没したものがほとんどで、同じオーナーがやっている場合、家族が継いでいる場合がありますがほとんどがその1980年代の全盛期に拡大させたビジネスの残りと言えます。
当時20代ぐらいのフレッシュな若手ビジネスマンがどんどんと乗りこみ、富を得ていきます。
作り手であったネイティブアメリカンの人々たちも同様に富を得ていたけれど、彼らの貨幣の価値は経営者側の人々とは全く違うのは今でも続いている事実。

この大きく拡大した市場はだんだんと下降線をたどります。爆発的に流行ると、下降するのは当たり前。
その後なんとなーーく続いていたビジネスが大打撃を受けるのは、2011年。

この一件でさらに下降線をたどっていくアメリカのインディアンジュエリー市場。
日本でのインディアンジュエリーはというと、80年代はカリスマ的オーナーがやっている個人店で売っているニッチな商品というイメージだったものが、2010年ごろから徐々にファッションとしても取り入れられ、なんとなく人と違って「オシャレ」というイメージもついてきました。
ファッション界に進出するインディアンジュエリーも多くなり、その市場を狙っているアーティストも多くいます。
インディアンジュエリーって、アート?
インディアンジュエリーを現地のギャラリーで目にすると、また違った印象を持つ人が多いです。
インディアンマーケットが行われるサンタフェは「アートの街」としても知られ、アートの一部として、インディアンジュエリーが存在している店もあります。
100万円を軽く超えるような作品が並んでいたり、実際に身に付けることが出来なそうな奇抜な作品に賞が贈られることも多々あります。
作家は自分の感性でアートとして作っていて、それが売れたら一発逆転だけど、売れなかったら貧相な暮らしを続けるか、パートタイムで作っていくしかない、そんな感じ。
インディアンジュエリーって、伝統工芸?
家族から受け継がれたスタイル、または自分で生み出した伝統的なスタイルがあり、それをひたすら作り続ける人、それが一番インディアンジュエリー作家としては多いと思います。
ファッションがどうとか、アートがどうとかよりも、家業として当たり前のようにお金を稼ぐ手段としてシルバースミスになり、それを続けている。
もちろんその中でも、自分がいいと思ったアート的な感性で作るものもあるし、今こういう形が流行っているというファッション的な感性で作るものもあります。
まとめ
まだ100年も経たないインディアンジュエリーの歴史の中で、こういった経緯があるからこそ今色々な作家が試行錯誤を繰り返しています。アート、ファッション、伝統工芸、どれに傾き過ぎてもイメージが偏ってしまうから、続かない。
一片を見て「古いものはよかった」「昔はよかった」と言ってしまうのは簡単だけど、昔の作品はどんどんなくなり、高騰していって普通には買えなくなるのが目に見えています。
私は昔の作品や亡くなった人の作品に全く興味がなくてよく不思議がられるのだけど、作り手から買いお客さんに売るという位置にいるから、今の作品をより多くの人に届けることにすごく意味を感じている、というただそれだけです。
私のブログ、生々しすぎるよねっていう人が結構います(笑)
これでもマイナスな生々しさはかなり消していて、「大衆に聞かせる情報」というのを意識しながら、それでも「現地でしか感じられないこと」をもっと生々しく書いていきたいなーとも思います!!

アメリカ、ニューメキシコ州在住、居住歴10年。ナバホ族の夫とリザベーションで二人の子育てをしながらインディアンジュエリーにかかわる仕事をしています。インスタ、ツイッター、Facebook、Youtubeがありますがインスタが一番身近な感じかと。
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