何のために仕事をするのかをネイティブアメリカンに学ぶ

Indian Jewelry

今日は少し気温が高いです!

(↑学校のお迎えの道。結構まだ雪が残ってます。)

私は日本では寒いのが大嫌いだったのですが、(毎年冬にはクラスで一人、二人いる超絶しもやけのある子どもだった。)よく北海道は意外に寒くないよっていうみたいに、もともと寒くなる場所って暖房施設がちゃんとしてるしずっと外にいることもないから今では寒いのもいとおしく感じられるようになりました。

さて、今日はまた新たな気づきがあったのでそれについて書いてみました。

何のために作品を作るのか。

インディアンジュエリーの作家って、結構「埋もれている人」が多いんですよね。

なんか名前を聞いたことがあるけど、どこにいるかはよくわからない。とか
オーダーしたのに一向に作ってくれる気配がない、なんで。とか
もっといっぱい作ればもっと有名になれるのにどうして作らないんだろう。とか

インディアンジュエリーの世界に入ると絶対にこんな疑問がわき出てきます。

 

まぁだからこそ、まだこんなにネイティブアメリカンのリアルライフが伝わってないわけだし、隣の国、アメリカに居てもアフリカの奥地にいる民族みたいな感覚でどこの人たちにも珍しがられる。(ナバホ族の生活より、マサイ族の生活の方が知られているんじゃなかろうかとか思ってしまう・・・。)

隠してきたという歴史的背景

どこの国でも同じかもしれないけど、基本的にネイティブアメリカンの人たちの文化は、多文化を排除して「自分たちの伝統や文化は隠して守ってきた」。全ての理由はここにあるとも言えます。

「他の人には言ってはいけないことや見せてはいけない」と刷り込まれてきたことがたくさんあり、ジュエリーを作る過程においても、ジュエリーを売る過程においても、それは共通している精神的な価値観。

歴史的に自分たちの文化や作品を「盗まれてきた」という気持ちの人が多いので、自分の作品を誰々がコピーした、あそこに売ったら誰かが同じようなものを作った、という「盗む」というところにとても敏感です。

ビジネス上での刷り込み

白人トレーダーやアメリカでのインディアンジュエリー人気が全盛期だった1980年代、それはそれはいろいろなトレーダーがいたそうです。

それこそ前回のブログで書いた、

バイヤーという仕事
週末また雪が降り、そしてネット環境が劣悪だったので、古い本を引っ張り出して読んだり、子供と映画を見たり。夫がいなかったのでナバホの母の所に泊まりに行き、寒いからシチューが食べたい!って言ってマトンシチュー&フライブレッドを作ってもらい、ゴロ...

「右から左へ流す人」がめちゃめちゃ儲かっていた時代ですね。

ビジネスオーナーからしたら、「いかにして作家が自分の所に作品を安く売りにきてくれるか」にかかってるわけだから、そのためにあらゆる手段を使っていました。

「あそこに売ると中国に売り飛ばされてコピーされるよ」

(これはかなり有効だったみたいですね)

「あそこはこれだったらいくらでしか買わないよ」

もちろんそれはビジネスとしての戦略でそれで大きくなった会社もたくさんあるのでそれに対してどうこう言いたいわけじゃなくて、それを真に受けて、その現状でまだまだ納まっている人が超多い!!っていうことです。

 

私の夫は、よく「トレーダーと埋もれている作家」の関係を、「ビンの中に収められている」と言います。「トレーダーは作家がそのビンから出て他の世界を知るのを恐れている」と。

でも私はそれを聞いて、「それがビジネスだから。その状況に甘んじて外の世界に出ようとしないその作家たちが間違っている。」と反論しました。

実際のところ、今残っているトレーダーたちはそんな作家を何百人と見ている。だから彼らは自分のビンの中から出て有名になっていった作家のことを、とても誇りに思っている。

ジュエリーを作る目的

Photo by Ken Kanazawa

自分が何か作品を作って、それなりに売れたら、「もっとたくさんの人に着けてもらいたい。」とか「もっといっぱい売ってミリオネアになりたい」とか「もっと有名になりたい」とかそういう気持ちに誰もがなると思います。

あまりにも埋もれているステキな作家が多いこの仕事で、私は毎日毎日、そう思っています。

でも彼らの目的はそこじゃない。

あくまで、生活を支えるのためのジュエリー制作ということ。

反対に言えば、「生活のお金が足りていたらジュエリーを作る必要はない。」ということ。だから、オーダーに関しての貪欲度は自分の困窮度と比例して、困窮でなければオーダーがあっても作らないってことがある。(個人差はあるものの、これは絶対に日本人には分からない間隔だから、お金に関する感覚については、これをぜひ読んでおいてもらいたい。)

お金というもの
先日のリザベーションとは何か⁉の記事で、なんとなく、「へぇ~そうなんだぁ」と思っていただけたら、それを踏まえてネイティブアメリカンにとってのお金というものについて考えてみました。(ちょっと重い記事が続いてすいません。それにしてもパンのレシピ...

まとめ

とても腕がいいのに、なかなかアメリカ国内でも知る人ぞ知るって感じで、特に日の目を見ることもなくこの世を去ってしまう作家を何人か見てきました。

バイヤーというのはそういう作家や作品をを拾い上げて世に出すっていう仕事でもあると思うのだけど、「さぁ、本人が別にそれを目的としてなかったらどうだろう??」

ただの押し付けになって、彼にとって私のオーダーなんか迷惑でしかなくて、強制でしかない。

細々と、でも楽しくやっていたお寿司屋さんにたまたますごいインフルエンサーが来て、一夜にして急に有名になり、店舗を拡大し、めちゃくちゃ忙しくなってその大将はもうお寿司も握れなくなっちゃうみたいな。大将がそれを目的としていたらいいんだけど、もともと細々と楽しく家族を養っていければいいと思っていたのなら、なんだか違う感じもする。

それを、強制じゃないように、対話をして、理解してもらって、相手にもプラスになるようにして、それを世に出していく。

そこがバイヤーの面白いところ。

 

それにしてもね、ネイティブアメリカンの人たちっていまだに、日本人と中国人は同じところに住んで、同じ言葉を話しているっていう人いるんだよね。どーゆーこと⁉

 

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