文化適応に必要な力

Native American

こんにちは!

世界が大変な状況にある中、誰かを責めることを目にするのがすごく多いなと思う今日この頃。

現実は「コロナウイルスと戦うという事実」一点のはずなのですが、じゃあこのコロナはどこから来たか、どうしてアメリカはこんなに感染拡大しているのか、だれが悪いのか、国はどうやって守ってくれるのか、そういうところにばかり矛先が向いていて何というか、それがさらに精神バランスを崩していく原因になっているんじゃないかと思います。

今できることは何か、今するべきことは何か、そうやって考えられる人が個人的には好きで、その考え方って異文化コミュニケーションの力でもあるなと思ったので、それをまとめます。

許容する力

私が思う海外で楽しく生活している人の特徴は、「許容する力がある人。」

外人の友達も多く、しかもいろいろな異文化の友達や家族と仲良くできる人には絶対にこの力があります。

我がブログ読者の人はお分かりだと思いますが、ネイティブアメリカンの価値観はある意味日本人と正反対。それでも「へぇーこういう人たちなんだ。」とある意味客観的に見て、自分が理解できなくても許容することが必要です。見返りなんて求めたら絶対にダメですよ!

海外に住んだり異文化の友達がいる人はよく「すごいね」と言われることがあると思いますが、ただただ彼、彼女を許容しているというそれだけのことで本人としたら特にすごいことではない。けど、周りからはすごいと見られるんだから、こんなに得なことはありません(笑)

 

でも海外に住んでいる人でも、結構これができない人も多いんだなって思いますし、日本にいて同じ文化同士でも同じことはたくさん起こっていると思います。偏見とかそういう類ですね。

まずは、「ただその事実を受け入れるということ。」

多面的に見る力

次に、物事を多面的に見る力。これは今の日本の情勢にも言えると思います。

私は昔、他店の人が私がしてもいないことをマネージャーに報告し、その事実をマネージャーが私に確認せずに上の人に報告して評価が劇的に落ちるという経験がありました。

その時から、事実を確認せずに人の噂で人事を決めたり、他人の口コミで勝手にマイナス評価をする人が心の底から苦手です。

一つのことを、いろいろな面からみてどこをどうしたらいいか考える姿勢を見習いたい。

今、国の首相を否定している人、その情報はどこから来たものでしょうか。

安倍首相の給料が国会で寝ている議員とほとんど変わらない給料で、30%を国に返還していることを知っていますか?私だったらこんなに叩かれる仕事、やらないな。

小池都知事は今50%を国に返還していて年収は1200万円程度と聞いて、小池都知事に同情すらしません?

検察庁長官の定年延長はもう一月に決まっているので、今更ツイートしても遅いことを知っていますか?

公務員の定年延長は、民間企業の定年延長と同じ流れで10年以上議論されてきたものだと知っていますか?

ぜんぜん詳しくない政治問題を討論する気は毛頭ないのですが、誰かが言っているから私も的なマインドの渦が大きくなっていて、個人的にはどうしても当事者に同情をせざるを得ないんですよね。

 

例えばネイティブアメリカンのお金がない問題。

お金の使い方がひどすぎる、信じられない、私たちが支払ったお金でカジノに行くの?お酒に消えるの?って初見で現状を見た人は思ってしまうし、私も最初は衝撃的すぎました。

でも少し深堀すればみんながみんなそうなわけじゃなく、違う見方をすればお金に縛られていないということだし、そもそも他人の私たちが口を挟む問題じゃない。

 

なんだかなぁと思う否定意見や否定的な事実があったら、肯定意見や肯定的事実を見つけてみるというのが許容する力ともリンクしてきます。

 

冷静に無視する力

最後に、どうしても理解できないことが起きたときの対処法。

こんなに許容して、他人のいいところを見つけて生きていこうと思っていても、訳の分からない人種差別や、他人の悪意によって思いもよらぬことが起きます。
自分ではどうしようもないことたち。

今「アジアンアメリカン」というシリーズのテレビで先人のアメリカアジア人たちの歴史を勉強しているのですが、先人のアメリカにおける日本人なんて、もうこんなことの連続です。

戦争になって日本人の兄弟同士が敵となって戦わなければならなくなったとか、戦争により韓国人はアメリカの友人となり、「私は日本人ではありません」という表示をしていたとか、もう見るにも耐えないことがたくさん降りかかります。

家を売ってもらえず、永住権なんてもってのほかで、居住権をとるのにも必死だった彼らはただ「その事実を受け入れた」という表現があって、あー先輩たち涙、私って幸せだなと思いました(笑)

このブログでもよく書きますが、いちいち怒っていたら生きていけません。

だまされたり、踏みにじられた事実を、ただ冷静に無視する力が必要。

 

でも諦めるというのとは違って、それを冷静に解決するための方法を虎視眈々と考えるというのが正しいと思います。こういう人には私はある意味、暖かいようでめちゃくちゃ冷たいです。

本当に間違っていると思う事実を正しいと証明できる方法はあるか、その労力をかけてまでやりたいことなのか。

大切な時間を訳の分からない怒りや反論で使うのであれば、その時間をもう少し建設的なことに使いたいという気持ちもあるし、怒ってもこいつには効かないな、じゃあどうしてやるかっていう氷のような感情があることも事実(笑)。

そして何かが見返りを求めてする行為だったら、最初からやらないほうがまし!

あの人がやってくれたからしてあげるというのは義務感からではなく、心からする行為であってほしいと思うので、私ははっきり言って誰に何をしてあげたとかあまり覚えていない。非常識と言われることもあるかもしれませんが、逆に誰かが何かをしてくれたことも、心がこもっていない場合は覚えていないことが多い、ごめんなさい。ご祝儀とか、お返しとか、考えるだけで義務感から胃が痛くなります(笑)

 

ということは結論、自分ができることをただ毎日やることに尽きる。

書いていて、いやあなた自身できてませんよってこともあると思いますが、「人間だもの」

感情にとらわれてしまったときに冷静になるツールとして、この三点が誰かの参考になれば幸いです。私も怒りに満ち溢れたときに読み返します。

 

 

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