コードトーカーとベテランの日

Native American

今日はアメリカ国土全体で祝日となっている、復員軍人の日(ベテランの日)でした。

ナバホ族のリザベーション内で行われていたパレードとセレモニーに参加し、改めて戦争、軍人への味方がアメリカでは本当に違うなと感じました。

コードトーカーとは

ナバホ族の中心地であるウィンドーロックには、コードトーカーの銅像が飾られています。

 

コードトーカー(Code talker)とは、国外にはその言葉を解するものがいない固有の部族語をコード(暗号)として前線での無線通信を行うため、アメリカ軍が使用したアメリカインディアン部族出身の暗号通信兵である。

第二次世界大戦では、ナバホ族が暗号兵として米軍に採用され、約400名がサイパン島、グアム島、硫黄島、沖縄戦に従軍した。これらの部族語に共通するのは、いずれも文法が複雑な上に発音も特殊で、幼少時からその言語環境で育ったもの以外には習得・解明が極めて困難であるという点である。しかもインディアンは絵文字のほか固有の文字を持たず、その言語で書かれた資料がまったくないので、部外者にとっては研究することすら困難だった。

 

以上がウィキペディア先生の情報。

この暗号部隊により、真珠湾攻撃が破られることとなり第二次世界大戦ではアメリカが勝つことになったと言われています。

 

当時400人以上いたと言われるナバホ族のコードトーカーは現在ではご高齢の為、7人を切ってしまいましたが、ナバホ族だけならず、アメリカ国民の英雄でこの日には必ず敬意をもって語られます。

 

日本人には語られることがあまりない歴史ですが、この歴史によって、ナバホ族の人々は自分たちの文化と言語に誇りを持つきっかけにもなっています。

 

ベテランの日

 

現在もたくさんの現役兵士がいるアメリカでは、現役兵士、退役軍人を含めすべての軍に関わってきた人たちを称える日が今日のベテランの日。

ナバホ族のコミュニティーでも、その地域で戦争で活躍した人たちに感謝し、「今の自由は彼らが戦ってくれたからこそあるものだ」と称えます。

今日行われたリザベーション内でのイベントでは、ナバホ語の歌が披露され、この曲は戦争を忘れないための歌、とか故郷を忘れないための歌、とか、戦争とネイティブアメリカンの密着度がうかがえました。

そのあと、兵役に感謝するための贈り物が送られ、みんなが無事であるように祈りがささげられました。

 

アメリカ軍人と日本人

「国のために戦ってくれてありがとう」というのがアメリカ国民すべての人が持つ当たり前の兵士に対しての気持ち。

ほとんどの人が戦犯となってしまった第二次世界大戦敗戦国の日本人からしたらかなりのカルチャーショックを受ける部分です。

日本では戦争を指揮した人は戦犯となっているというその日本的思考を退役軍人だった人に言うと、「理解できない」という顔をされてしまいました。

実は第二次世界大戦では敵国である日本人だから、こういう系のイベントにはずっと参加せずにいました。

娘は学校で、「第二次世界大戦では日本は敵だった。」と現役兵士の父がいるクラスメイトに言われた経験があります。

でも私がナバホ族の夫と結婚することになった時、旦那の母替わりとなっていた「夫を日本との戦いで亡くした叔母」に相談した話を思い出します。(前にも書いたことがあるかもしれません。)

夫は政府からの指令がなければ日本と戦うことも、日本人を敵と思うこともなかった。

日本人が敵だったのは夫の意志ではなく、政府からの命令だった。

だから私は夫のことで日本人を恨むことは一切ないし、気にすることはない。

 

そう言ってもらえて夫は肩の荷が下りたと言います。

実際に戦火の中にいた家族を持つ人が言ってくれると本当に重みを感じますね。

歴史を知らないことは罪になるけれど、知っておいて、それでも認めて付き合える仲を築けるというのが本当の人間らしい付き合い方なのかもしれません。

 

実はコードトーカーをずっと取り続けてきた写真家は、河野謙児さんという日本人なんです。このブログを読んでいる方はもう知っているかもしれませんね。

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よくばったりお会いして(よく行くレストランが同じ笑)、実は地元が近いので地元話に花が咲いてばかりですが、ナバホ族では日本人といえばケンジを知っているか?と聞かれるほど有名な方です。

 

戦争という国同士の中でも個人の気持ちと情熱の付き合いが成り立つというのは本当に人間の素晴らしさを感じる、そんな風に思った今年のベテランの日でした。

 

まとめ

何回も書いていますが、「写真を撮る」「スケッチをとる」「動画に残す」という現代の思い出作りのすべての手法がネイティブアメリカンの伝統的考え方ではNGです。

同じ部族同士でも、撮っていいところと撮っていけないところというのはもう感覚的に刷り込まれていて、そういうネイティブアメリカンだからこそ、日本人の写真家が暗号部隊の写真家であるというのは本当に信頼関係のたまものだなと思います。

私も信頼関係をいい風に変えていけるようにがんばりまーす!

 

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