日本人がジュエリーを着けない理由

Indian Jewelry

先日、世界一周しているタイシ君と話していて、「日本人ってさ、本当にジュエリーをつけることに対する抵抗があるよね。」っていう話になりました。

(タイシ君のブログ↓)

世界一周男旅〜2017年春始動〜 : アサダタイシの人生記
はじめまして、平成7年生まれ 21歳のアサダタイシといいます^_^ 僕は来年の春からバックパッカーとして世界一周を行います。 なぜそのようなことをしようと思うのかと言いますと 最近のニュースを見て感じることです が、 今の日本は平和ボケしすぎじ

 

それに比べて、「ネイティブアメリカンの人たちのジュエリーの日常感ってすごい。」

 

「ジュエリーが安い高いか」「買えるか買えないか」よりも、

「ジュエリーをつけるかつけないか」っていう根底の問題が日本人にはまだまだある!

何で?

1100年もの間、歴史から消えていた装飾品

その答えは、すべてウィキペディアに。

日本における装身具の歴史 - Wikipedia

 

それを分かりやすく書いてみた。

古墳時代後期に入ると、有力な豪族の墓からは副葬品として多くの装身具が出土しているのに対し、地方の豪族の墓からはあまり見られなくなった。

とのこと。

考えられる理由は、

  • 聖徳太子が定めた「冠位十二階」で衣服の質と色で位が表されるようになったので、装身具で着飾って身分を表す風習が消滅した説。
  • 埋葬方法が土葬から火葬に変化し、死後の世界観が変わったから説。
  • 衣服の発達で形、色彩が豊富になったので装身具が果たしてきた役割を衣服がするようになった説。

でも、他の国を見てもこの理由は薄いよねーーってことで、

装身具の神格化説

古墳時代後期、十種神宝っていって剣、鏡、玉など当時の祭祀の中核のものだったものが、大化の改新後の神仏習合で「三種の神器」に収められて、勾玉は天皇の権威を象徴する祭祀具となってしまった。

勾玉! 

そう「マガタマ」は教科書でも習ったように、縄文時代、弥生時代の超流行り商品!

(ヒスイ、ガラスなどのマガタマのピアス、マガタマのネックレスなどが古墳から出ていることで、装飾品が確認されている。)

縄文時代、弥生時代に超流行だったマガタマのアクセサリー。それが三種の神器に収められちゃって、庶民が簡単に手にすることができなくなってしまった。

さらに、646年に打ち出された薄葬令により、古墳造営の禁止、貴金属等の副葬の禁止の方針で、需要が無くなっていく。

オシャレになった平安時代でも装飾品は復活せず

あの十二単が流行った平安時代。

何重にも重ねた重い着物や長い髪は、女性の露出部を減少させ、行動に制約をかける。こうした服飾変化が結果的に装身具の必要性を排除していったと考えられており、同時に、身を飾り付ける行為よりも色彩や香りに重点がおかれるようになった。
とのこと。

江戸時代に和小物誕生

江戸時代に、和小物、髪飾りとか帯留めとかが発達したけれど、やはりそれは装飾品と呼べるものではなく、表立った装身具として財力や権力を誇示することが困難であった。

現代のジュエリーはすべて外国文化

ジュエリーは、開国から外国の文化が入ってきてから広まったもの。
「結婚指輪」という習慣もヨーロッパから入ってきたもの。
ヨーロッパでは金が流入し、装飾品が本格化するその時代、日本には装飾品というもの自体が一切なかったという驚きの事実。
元々文化に根付いていないんだ、と納得した。

だからもっとジュエリー着けよう運動

ペンダント着けていたらチャラチャラしてるって偏見、何⁉

結婚指輪しか付けられない職場って、何で⁉

(カメラマンだからカメラを傷つけないようにバングルはできません、とかそういう技術的な理由はよし。)

きっとみんなが思っているほど、その偏見って薄いもの。
インディアンジュエリーしているトップセールスマンがいたっていいじゃん!
インディアンジュエリーしている小学校の先生がいたっていいじゃん!
(私の大学の時の教授は、ズニ族のボロタイをしていたのを今でも覚えている。)
ファッションはもう十分に多様化している。
だから、アクセサリーで個性を出してほしいな。
アクセサリーで自分を主張してみるのはいかがでしょうか?っていうお話でした。

コメント